経営学

多角化戦略 | 成長とリスク

成長ベクトルのうち、新製品を新市場に投入することを多角化戦略であると学びました。新製品の投入も、新市場の開発も、いずれもリスクが伴うため、非常にリスクの高い戦略であることはすでに述べた通りです。では多角化戦略は避けたほうが良いのでしょうか。

伊丹敬之[1989]は自身の著書において、『多角化していく先の新分野で成功できる根拠がきちんと存在している場合にのみ、多角化は成功する』として、多角化の成功要因は限定的であることを述べています。

最近の事例でいえば、RIZAPグループ株式会社の多角化の失敗があげられます。RIZAPといえばパーソナルトレーニングジム事業で成功した企業です。本業を拡大する一方で、経営不振に陥っていた他の企業を次々に買収し、経営を立て直すことにより更なる急成長を遂げたことで注目を集めましたが、ある段階から買収企業に引っ張られるように本体も経営不振に直面し、不採算事業からの撤退などリストラクチャリングを進めることになりました。RIZAPグループはなぜ失敗したのでしょうか。

多角化戦略の成功要因と4つのタイプ

成長ベクトルを提唱したアンゾフは、多角化戦略をさらに4つに分類しました。①水平型多角化、②垂直型多角化、③集中型多角化、④集成型多角化です。

それぞれのタイプを説明する前に、多角化において重要なポイントを押さえておきましょう。それが伊丹敬之[1989]が述べた多角化戦略の成功要因です。

多角化を成功させる要因は「相補効果」と「相乗効果」、とりわけ相乗効果が重要と指摘しています。相乗効果はシナジー効果とも呼ばれるもので、用語としてはすでに一般的ですね。

相補効果とは、計算で言えば1+1=2、という状況です。例えば夏忙しく冬暇な事業を営む企業が、多角化として夏暇で冬忙しい事業を開始した場合、この企業は夏も冬も忙しくなりますよね。

相乗効果とは、計算で言えば1+1=3にも4にもなる状況です。例えばビール製造を行う企業が、発酵技術を活用して健康食品市場に展開するという状況です。

すでに見てきたように、多角化は市場も製品も新しい分野への展開です。従って本来多角化先には自社の経営資源は何も存在しないように見えますが、先のビール事業のように、活用できるノウハウがすでに自社に存在する場合があります。

伊丹敬之[1989]はこれをダイナミックシナジーと表現し、多角化はこのダイナミックシナジーを目指すべきであるとしています。

少し簡単に表現するのであれば、今の事業ノウハウが活用できる分野ならば、多角化してもリスクが抑えられますよ、ということになります。

では以下簡単に4つの分類を見ていきます。

水平型多角化

水平型では自動車メーカーがバイクの事業に展開する、衣類を販売する会社が雑貨を販売するなど、現在の自社の機能はそのままに新分野への展開を行う多角化のこと。

垂直型多角化

垂直型では、衣類を製造する企業が、綿花の栽培事業を展開したり、建築を手掛ける企業が資材物流事業に進出するなど、自社の機能を拡大する多角化です。供給のものの流れをサプライチェーンといい、材料に近いほうを川上、顧客に近いほうを川下と表現しますが、自社より川上への多角化を後方的多角化、自社より川下への多角化を前方的多角化といいます。

集中型多角化

集中型多角化は、先のビール事業のように、発酵技術を生かして健康食品事業に展開するなど、現在の技術や能力に関連する分野への多角化をいいます。

集成型多角化

集成型多角化はコングロマリット型多角化とも呼ばれ、現在の事業と関連性のない事業への展開を指します。シナジー効果をまったく得られない、未経験分野への進出となりリスクが高い多角化となります。

多角化のメリット 経営リスクを分散させる

多角化は極めてリスクが高い戦略、であるにも関わらず、多くの企業は多角化を図ります。その理由は多角化が経営リスクを分散させる手段の一つであるためです。

製品ライフサイクルで見たように、製品には投入されてから衰退するまで、さまざまな段階を経ていきます。しかし中には業界そのものが衰退することも起こります。企業は常に新規参入や代替品の脅威にさらされており、いつまで活動できるかわかりません。

そうした時に、例えば強い競合企業が現れることを想定し、川上である物流部門を担っておけば、本業のコストを下げられたり、撤退した時も物流事業で生き残れる可能性が出てきます。

多角化を図ることで、単一事業に比べて倒産するリスクを下げることができる場合があるのです。(シナジー効果が得られない場合リスクはむしろ高まります。また多角化により新たな競争が生まれるリスクも存在します)

多角化のデメリット 経営資源が分散する

多角化は事業が一つ増えることを意味します。新たな市場への対応のため、専属で人材を登用したり、新事業の管理のために様々な経営資源が投入されます。本来はこれまでの事業に投入されるはずの資源が投入されないことになり、市場シェアの争いで不利になる場合も考えられます。

また先のRIZAPグループの例のように、買収や合併による多角化においても、管理面でのコストが増大します。シナジー効果が得られていたり、管理がしっかり行き届いているうちは成長を遂げることができていましたが、多角化は経営資源を分散させるデメリットを有しています。無関連多角化であるほど、管理しなければならない点が増加し、しだいに管理が行き届かなくなります。

既存の事業が有する成功ノウハウが通用しなくなると、多くの経営資源が検証や立て直しに投入されることになり、さらに経営が苦しくなります。

以上のように、多角化は急成長を実現する優秀な戦略になる可能性を秘めると同時に、経営資源の分散により窮地に陥るリスクも存在しています。自社の強みを適切に把握し、どのようなシナジー効果を獲得できるのか見極めた事業展開が必要ということを覚えておきましょう。